前橋地方裁判所 昭和61年(行ウ)3号 判決 1988年3月28日
原告
ニプロ医工株式会社
右代表者代表取締役
佐野實
右訴訟代理人弁護士
鈴木航児
被告
群馬県地方労働委員会
右代表者会長
中山新三郎
右指定代理人
松澤清
同
岡田敬之助
同
堀江勝弥
同
湯浅啓一
同
猿渡真
被告補助参加人
合化労連化学一般関東地方本部
右代表者執行委員長
林恭護
被告補助参加人
合化労連化学一般関東地方本部ニッショー・ニプロ支部
右代表者執行委員長
西谷義信
右両名訴訟代理人弁護士
山田謙治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が群労委昭和五九年(不)第一号事件について、昭和六一年八月一八日付でなした不当労働行為救済命令を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件救済命令の存在
被告は、補助参加人両名を申立人、原告を被申立人とする群労委昭和五九年(不)第一号事件について、昭和六一年八月一八日付で別紙(一)のとおりの救済命令を発し(以下「本件命令」という。)、右命令は同年九月一六日原告に交付された。
2 本件命令の違法性
本件命令は、「昭和五八年度の昇給及び一時金の考課査定において、参加人合化労連化学一般関東地方本部ニッショー・ニプロ支部(以下「ニプロ支部」という。)の組合員(以下「支部組合員」という。)の査定結果が、平均的に見て非支部組合員(ゼンセン同盟全ニッショー労働組合連合会ニプロ医工労働組合(以下「ニプロ医工労組」という。)組合員、及び組合員資格を有する非組合員をいう。以下同じ。)よりも低かったのは、支部組合員の労働の質量が劣っているからである。」との原告の主張を排斥したものである。
しかしながら、本件命令には次のとおり事実誤認及び判断の誤りがある。
(一) 役職者数、年齢、勤続年数と労働の質量の関係
(1) 本件命令は、役職者は非支部組合員の方が多いことを認定しながら、「役職者であること、年齢及び勤続年数が、査定上どのように作用するのか具体的に疎明されない。」として、原告の主張を退けている(本件命令二八頁(2)ア(ア))。
しかし、年齢ないし勤続年数がその人の経験や習熟度を増し労働の質量にプラスに作用すること、及び労働の質量の優れた者の中から役職者が選抜される傾向が強いことは、経験則上明らかであって具体的な疎明など要しない。
(2) 本件命令は、支部組合員と非支部組合員の会社年齢の差が平均一・九歳であり、勤続年数の差は一・三六年であることから、「この程度の差が労働の質量に影響を与えるものであるかどうか疑問である。」としている。(同二八頁(2)ア(ア))。
しかし年齢、会社年齢あるいは勤続年数の差が労働の質量に影響を及ぼすことは通念上是認されるべきである。
(二) 年次有給休暇の取得回数及び欠勤率と、労働の質量の関係
(1) 本件命令は、「有給休暇を査定の対象とすることは、労働者の権利を実質的に制限することになりかねない。」としている(同二九頁)。
しかし原告は、有給休暇の取得自体を査定の対象としているのではないし、とりわけ一時金は、賃上げと異なり会社業績への貢献を支給の根拠とするのであるから、これを査定の対象とすることも許されると言うべく、本件命令は労働基準法により処理すべき問題と不当労働行為認定の要素とを混同するものである。
(2) 本件命令は、昭和五六年の夏季一時金査定対象期間及び年末一時金査定対象期間の支部組合員の欠勤率がそれぞれ二・三パーセント、二・六パーセント非支部組合員より多いことを認定しながら、「組合活動のための欠務は、原告の一連の行為に対抗するためにニプロ支部が余儀なくされたものと思料され、他の欠務と同列に扱うことは公平を失する。」と判断している(同二九ないし三〇頁)。
しかしながら組合活動のための欠務が欠勤率にどの程度影響するのかについては何ら言及されていないし、正当な組合活動であっても、業務への寄与がなければ低査定になるのは当然のことである。
(三) セット課Cコイル巻工程の個人別実績集計
本件命令は、セット課Cコイル巻工程の個人別実績において非支部組合員が支部組合員に比べ良好な成績を収めていることを認定したが、「右は一工場の一部署のもので、集計対象期間も限られているから、支部組合員と非支部組合員全体の労働の質量を判断する資料としては不十分である。」と判断している(同三〇頁)。
しかし、原告は意図的に右部署を問題にしたのではないし、右部署に配置されている支部組合員が同組合員全体の中でとりわけ能力が劣るとの立証がない以上、右数値は支部組合員と非支部組合員との労働の質量の均質性を疑わせるに十分なものである。
(四) 職能給の差
(1) 本件命令は、「職能給には勤続給、役職手当などの勤務成績を直接には反映しない要素も含まれるから、支部組合員と非支部組合員の職能給の差が勤務成績を直接反映したものとは認めがたい。」と判断している(同三一頁)。
しかし、職能給には直接又は間接に勤務成績を反映する部分のあることは否定しえないから、これを排斥する理由はない。
(2) 本件命令は、「昭和五五年夏期一時金考課査定点数は、限られた期間での比較にすぎない。」と判断している(同三一頁)。
しかし原告が右時期の査定点数を明らかにしたのは、組合分裂直前のデータであるため両組合の組合員の労働の質量の比較を容易に行いうるという理由によるのである。而して分裂直前に高い査定を受けていた者は分裂後も高い査定を受ける可能性が高いから、右点数は、支部組合員と非支部組合員の労働の質量の均一性の推定を覆すに十分といえる。
(五) 考課査定点数と出勤率との関係など
本件命令は、「考課査定点数と出勤率、残業時間、勤続年数との相関、残業時間、改善案件数、脱退者の考課査定点数は、支部組合員と非支部組合員との格差を説明するものではない。」と判断している(同三二頁)。
しかし、ニプロ支部の対抗的、闘争的指導方針に疑問を持った者がこれを脱退してニプロ医工労組を結成し、その後これに加入する者が続出したという経過を見れば、組合員の性格、特に労働意欲の面において両組合の組合員の間に顕著な差異のあることは明らかである。
以上の点につき、本件命令の事実誤認及び判断には誤りがある。
3 まとめ
よって、本件命令の取り消しを求める。
二 請求原因に対する認否並びに被告及び参加人らの主張
1 請求原因1(本件命令の存在)の事実は認める。
2 請求原因2(本件命令の違法性)は争う。本件命令の理由は命令書記載のとおりであって、その事実の認定及びこれに基づく救済の判断に、誤りはない。
(一) 同(一)(役職者数、年齢、勤続年数と労働の質量の関係)は争う。原告の挙げる差異は、直ちに労働の質量に影響を及ぼすものとは言えない。
(1) 支部組合員に役職者が少ないことは、参加人ニプロ支部に加入していることが昇進の妨げとなっていることの証左である。
(2) 勤続年数の差は、非支部組合員は高年齢の中途採用者が多いのに反し、支部組合員は若い女子が多く結婚年齢に達すると退職する者が少なくない結果である(なお年齢差自体は、原告会社における労働内容を前提にすると、労働の質量を推し量る資料としては無意味である。)。
(二) 同(二)(年次有給休暇の取得回数及び欠勤率と労働の質量との関係は)争う。
(1) 本件命令は、労働基準法と不当労働行為とを混同したものではない。即ち原告が有給休暇取得率の差をもって支部組合員と非支部組合員の労働の質量に差異があると主張したのに対し、有給休暇の法的性質からそのような考えは正当でないと判断したのである。
(2) 本件命令は、昭和五五年以来原告会社内部において労使紛争が激化し支部組合員が欠勤扱いを覚悟で法廷に出廷したとの事情を考慮し、支部組合員と非支部組合員の欠勤率の差をもって労働の質量を認定する資料とすることは適当でないと判断したのである。
(三) 同(三)(セット課Cコイル巻工程の個人別実績集計)は争う。本件命令は、セット課Cコイル巻工程の個人別実績について、対象人員が原告会社の全従業員約五五〇名中のわずか一七名(全部女性)にすぎないこと、集計期間も非常に限られていることから、支部組合員と非支部組合員全体の労働の質量を判断する資料としては不十分であると判断したのである。
(四) 同(四)(職能給の差)は争う。職能給の差は、従業員の労働の質量の差を示すものではない(原告が当事者となっている同種の事件において、同様の判断が示されている。)。
(五) 同(五)(考課査定点数と出勤率等との関係)は争う。考課査定点数と出勤率等との関係等は、非支部組合員の査定内容が明らかになって初めて比較検討しうるところ、原告はこの資料の提出を拒否しつづけているのであるから、原告の主張は失当である。
3 同3(まとめ)は争う。
第三証拠関係(略)
理由
第一救済命令の存在
被告が補助参加人両名を申立人、原告を被申立人とする群労委昭和五九年(不)第一号事件について、昭和六一年八月一八日付で本件命令を発し、右命令が同年九月一六日原告に交付されたことは、当事者間に争いのない事実である。
第二不当労働行為の成否
一 原告と参加人ニプロ支部らの関係等
1 まず、(証拠略)によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、肩書地に本社を置き館林市に工場を有して、注射器、人工腎臓などの医療用機械機(ママ)具等の製造を業とする会社であって、本件の被告労働委員会における審問終結時である昭和六〇年一一月一九日現在の従業員数は、三四七名である。
参加人合化労連化学一般関東地方本部は、関東一円の化学産業、流通産業、サービス業等に従事する労働者又は労働組合により組織された労働組合であり、右審問終結時の組合員数は、約一万七〇〇〇名である。
参加人ニプロ支部は、昭和五四年九月一一日原告の館林工場の従業員及び原告の関連会社である訴外株式会社ニッショー(以下「ニッショー」という。)の出向社員併せて約五五〇名をもって結成された労働組合であるが、その後相次ぐ脱退のために、右審問終結時の組合員数は、五二名となっている。
なおニプロ医工労組は、参加人ニプロ支部からの脱退者及び同支部に加入していない従業員らにより昭和五五年一〇月二三日結成された労働組合であり、右審問終結時の組合員数は、二三五名である。
ところで、ニプロ医工労組が結成された後の賃上げ等の交渉は、同組合の上部組織であるゼンセン同盟全ニッショー労働組合連合会とニッショーグループとの統一交渉とは別個に、原告と参加人ニプロ支部との間の交渉が行われている。ちなみに、右審問終結時である昭和六〇年一一月一九日現在、右いずれの組合にも加入していない組合員資格を有する原告会社の従業員は、四四名である。
(二)(1) 参加人ニプロ支部結成後、原告と参加人ニプロ支部との間に昭和五四年年末一時金等をめぐって労使紛争が生じ、続いて昭和五五年年末一時金の支給交渉の際にも、原告は参加人ニプロ支部に対して、訴外ニプロ医工労組に比べ支給額が低くしかも考課査定の幅が広い回答をした(なお訴外ニプロ医工労組に対する回答は、常に参加人ニプロ支部に対する回答に先行していた。)。
そこで参加人ニプロ支部は昭和五五年一二月二日、原告の右差別回答が不当労働行為にあたるとして、被告に対し救済を申し立てたが(群地労委昭和五五年(不)第二号事件)、同月二四日、原告と参加人ニプロ支部との間において訴外ニプロ医工労組と同じ条件で一時金を支給する旨の合意が成立し、翌二五日参加人ニプロ支部は申立てを取り下げた。
(2) 昭和五六年一月二六日、参加人ニプロ支部は、原告が従業員に対し社報、各課長の発言及び社長の年頭挨拶により、参加人ニプロ支部からの脱退、訴外ニプロ医工労組への加入を働き掛ける等したのは不当労働行為であるとして、被告に対し救済を申し立てた(群地労委昭和五六年(不)第二号事件)。
他方同五五年二月から九月にかけて成型課廃止計画を巡る労使紛争が継続していたところ、原告が成型課廃止に伴う配置転換命令に従わなかった支部組合員を休職処分等にしたので、参加人ニプロ支部は昭和五六年四月二四日、右処分を不当労働行為として被告に対し救済命令の申立てを行った(群地労委昭和五六年(不)第三号事件)。
被告は、昭和五六年(不)第二号事件と同第三号事件とを併合して審査し、前者については請求にかかる救済の全部認容、後者については申立てを棄却する命令を発した。そして前者の命令部分につき原告は中央労働委員会に再審査の申立てをしたが、同委員会は、初審命令の主文の字句を一部訂正したのみで、再審査申立てを棄却する趣旨の命令を発した。
原告は再審査命令をも不服として、東京地方裁判所に対しその取消しを求める訴えを提起したが、同裁判所は昭和六〇年九月二六日、請求棄却の判決をし、この判決は同六一年五月二一日、東京高等裁判所においても維持され、結局中央労働委員会の再審査命令が確定した。
(3) 続いて昭和五六年度の賃上げ交渉中、原告は、参加人ニプロ支部に対し、生産性向上のための省力化、合理化に協力すること等を内容とする確認書を提示し、これに合意することを賃上げの前提条件とした。そこで参加人ニプロ支部は同年五月二七日、確認書に合意しないことを理由に賃上げの妥結を拒むことは不当労働行為であるとして、被告に対して、救済の申立てを行うとともに(群地労委昭和五六年(不)第四号事件)、同年六月一一日、被告に斡旋の申請をした。その結果同月二六日、双方は生産性向上等に関する覚書きを取り交わし、翌七月二日には賃上げ及び夏季一時金の支給に関する協定書を取り交わして、同日参加人ニプロ支部は前記救済申立てを取り下げた。
(4) 参加人ニプロ支部は昭和五七年三月二五日、被告が昭和五六年度賃上げ、同年夏季一時金及び年末一時金において同支部と訴外ニプロ医工労組組合員とを差別したことは不当労働行為であるとして、被告に対し救済の申立てを行い(群地労委昭和五七年(不)第一号事件)、被告は同五八年九月二二日、請求にかかる救済の全部を認容する旨の命令を発した。
原告はこれを不服として、中央労働委員会に再審査の申立てを行ったが、同委員会は昭和六一年六月一九日、右申立てを棄却した。原告は右再審査命令をも不服として東京地方裁判所に対しその取消を求める訴えを提起し、現在同裁判所において審理中である。
(5) 昭和五七年六月、原告と参加人ニプロ支部との間で人事異動を巡る紛争が生じ、参加人ニプロ支部は被告に斡旋を申請したが、原告がこれに応じなかったために、被告は翌七月二一日これを打ち切った。
(6) 参加人ニプロ支部は昭和五八年四月一日、原告が昭和五八年度の賃上げ、夏季一時金及び年末一時金の支給について、支部組合員をニプロ医工労組組合員と差別したことは不当労働行為であるとして、被告に対し救済を申し立てた(群地労委昭和五八年(不)第一号事件)。
被告は昭和六〇年二月一四日、請求にかかる救済の全部を認容する旨の命令を発したが、原告はこれを不服として中央労働委員会に対し再審査の申立てを行い、現在同委員会において審査中である。
2 以上認定の事実に基づき、原告と参加人ニプロ支部、訴外ニプロ医工労組の労使関係全般を検討する。
まず、参加人ニプロ支部と訴外ニプロ医工労組とは上部組織を異にするもので、参加人ニプロ支部は昭和五四年九月の結成以来原告と対立しその組合活動は活発で闘争的とも言えるのに対して、訴外ニプロ医工労組は原告に対し協力的であって、賃上げ等の交渉の方法も両組合で全く違うことからすると、訴外ニプロ医工労組は、参加人ニプロ支部と組合活動の方針の上で見解を異にする従業員により結成され運営されていると見られる。
ところで、このような両組合の活動方針の差に加え、原告と参加人ニプロ支部との間には組合結成以来毎年のように労使紛争が生じ、労働委員会から参加人ニプロ支部の請求にかかる救済を認容する命令が相次いで発され、概ねこれを支持する裁判所の判断が示された事件もあるのに、なお平和的な労使関係が生じていないことからすると、原告が参加人ニプロ支部を会社経営上好ましからざる存在と捉えていることを推認できる。
二 昭和五八年度賃上げ、夏季一時金及び年末一時金交渉の妥結と支給
1 (証拠略)によれば、以下の事実が認められる。
(一)(1) 参加人ニプロ支部は昭和五八年四月二二日、原告に対して、昭和五八年度の賃上げの要求書を提出し、原告は同日、賃上げ率四パーセント(金額にして五六六〇円)の回答を行ったが、金額について合意が調わず、原告は同年五月一〇日の参加人ニプロ支部との団体交渉において、賃上げ分四パーセントについての第一次配分案を示し、同年六月八日の窓口交渉において第二次配分案を示した。
(2) 一方訴外ニプロ医工労組は、昭和五八年四月二二日の団体交渉において、原告から参加人ニプロ支部と同様の賃上げ案を示されたが、同年五月二六日に二時間ストライキを行い、更に同年六月七日に二四時間ストライキを予定したがこれを中止し、同月一四日、原告回答の内容で交渉を妥結し、一時金についても年間三・五箇月ないし四箇月(査定は通期でプラス・マイナスとも二〇パーセントの範囲内)とする内容の年間協定を結んだ。
(3) これに対して参加人ニプロ支部は、賃上げ交渉が進まないために、昭和五八年度夏季一時金の要求も同時に行うことにして、同年六月三日原告に対して夏季一時金の要求書を提出したところ、原告は同年六月一三日の団体交渉において、「支給月数一・八箇月、考課査定をプラス・マイナスとも一五パーセントの範囲内とする。」旨の回答をした。
(4) その後は原告及び参加人ニプロ支部間の交渉は進展せず、結局参加人ニプロ支部は昭和五八年六月二二日、原告と賃上げ及び夏季一時金について協定書を取り交わし、左記の内容で交渉を妥結した。
ア 賃上げについて
(ア) 賃金引上げ額
昭和五八年四月分賃金から一人平均(基本給+職能給+住宅手当+家族手当+物価手当+二交替手当)四パーセント(五六六〇円)引き上げる。但し、〇・五パーセント(七〇七円)は査定原資とする。
(イ) 査定
一ピッチ一二九〇円を基本額とし、〇ランクから二ランクまでの引上げを行う(これについては原告から、査定により二ランク上がる者は全体の五パーセント、一ランク上がる者は全体の四五パーセント、残りの者は〇ランクとの説明がなされた。)。
イ 夏季一時金について
(ア) 支給額 基本給+職能給+家族手当+物価手当の一・八箇月分
(イ) 査定
プラス・マイナスとも一五パーセントの範囲内(これについては原告から、最高点の一一五点が五パーセント、一〇七・五点が二〇パーセント、一〇〇点が五〇パーセント、九二・五点が二〇パーセント、八五点が五パーセントの分布にするとの説明がなされた。)。
(5) そして昭和五八年度年末一時金交渉においても、原告と参加人ニプロ支部との間は紛糾したが、結局昭和五九年二月八日に協定書を取り交わし、以下の内容で交渉を妥結した。
ア 支給額
基本給+職能給+家族手当+物価手当の二・二箇月分
イ 査定
プラス・マイナスとも二四パーセントの範囲内(これについて原告から、右夏季一時金と同じ分布とする旨の説明がされた。)
(二) 参加人ニプロ支部が集約した支部組合員一三二名に対する昭和五八年度職能給の査定(以下「本件昇給」という。)状況は、一ランク上がった者が四八名(支部組合員のうちの三六・四パーセント)のみで他は全て〇ランクであり、その平均昇給額は四六九円である。
また支部組合員及び非支部組合員の本件昇給額を比較すると、別紙(二)の表1のとおりである。
(三) 参加人ニプロ支部が集約した支部組合員一三二名に対する昭和五八年度夏季一時金(以下「本件夏季一時金」という。)の考課査定点数(協定による平均支給月数一・八箇月を一〇〇点とする。)は、一〇七・五点が九名(支部組合員の六・八パーセント。以下同様。)、一〇〇点が六六名(五〇パーセント)、九二・五点が四三名(三二・六パーセント)、八五点が一四名(一〇・六パーセント)である。
また支部組合員及び非支部組合員の本件夏季一時金の支給状況を比較すると、別紙(二)の表2のとおりである。
(四) 参加人ニプロ支部が集約した支部組合員一一七名に対する昭和五八年年末一時金(以下「本件年末一時金」という。)の考課査定点数(協定による平均支給月数二・二箇月を一〇〇点とする。)について見ると、一一二点が一〇名(支部組合員の八・五パーセント。以下同様。)、一〇〇点が五六名(四七・九パーセント)、八八点が三四名(二九・一パーセント)、七六点が一七名(一四・五パーセント)である。
また支部組合員及び非支部組合員の本件夏季一時金の支給状況を比較すると、別紙(二)の表3のとおりである。
(五) ところで、支部組合員の昭和五五年から同五八年までの一時金の平均査定点数は、別紙(二)の表4のように推移しているが、原告館林工場の各職場における昭和五八年中の支部組合員及び非支部組合員の分布状況は、別紙(二)の表5のとおりである。
2 右認定の事実に前記一認定の事実を加えて、本件昇給、本件夏季一時金本件年末一時金における参加人ニプロ支部及び訴外ニプロ医工労組の各組合員に対する支給の実態について検討する。
(一) 前記一で検討したように、原告と参加人ニプロ支部とは同組合結成時以来対立関係にあり原告が参加人ニプロ支部を会社経営上好ましからざる存在と捉えていたと考えられることを前提にして、昭和五五年から同五八年までの支部組合員の各一時金の平均査定点数の推移を見ると、同五五年一〇月訴外ニプロ医工労組の結成以後は、従前は平均(一〇〇点)に近かった支部組合員に対する平均査定点数が九五点ないし九六点台に落ちており、原告の参加人ニプロ支部に対する嫌悪感との係わりを窺わざるを得ない。
(二) そこで本件昇給等の交渉における原告の回答ないし説明と、支部組合員に対する支給実態とを対比してみる。
(1) 始めに本件昇給についてみるのに、職能給についての原告の説明は二ランク上がる者が全体の五パーセント、一ランク上がる者は全体の四五パーセントであったのに対して、支部組合員に対する支給の実態は、二ランク上がった者はなく、一ランク上がった者も三六・四パーセントに留まり、賃金引上額も、非支部組合員の平均昇給額が八一八円であるのに対し、支部組合員のそれは四六九円にすぎず、支部組合員は非支部組合員に比べ明らかに低い査定をされている(なお引上額のうち七〇七円が査定原資とされているから、全従業員の平均昇給額は七〇七円であると考えられる。)。
(2) 次に、本件夏季一時金についてみると、原告の説明は一一五点が五パーセント、一〇七・五点が二〇パーセントであるのに、支部組合員の最高点は一〇七・五点で、それも六・八パーセントにすぎない。なお九二・五点は原告の説明では二〇パーセントと言うのであるのに支部組合員の三二・六パーセントを占め、八五点は原告の説明では五パーセントに留まるのに、支部組合員の一〇・六パーセントを占める。また平均支給月数についての原告の回答は平均一・八箇月であるところ、支部組合員の平均は一・七三七箇月であり、非支部組合員の平均一・八二九箇月に比すると、明らかに低い査定がなされている。
(3) 進んで、本件年末一時金についてみると、原告の説明は一二四点が五パーセント、一一二点が二〇パーセントであるのに、支部組合員の最高点は一一三点で八・五パーセントである。また八八点は二〇パーセントとの原告の説明であるのに支部組合員の二九・一パーセントを占め、七六点は原告の説明では五パーセントにすぎないのに支部組合員の一四・五パーセントを占めている。なお平均支給月数を見ると、原告の回答は平均二・二箇月であるところ、支部組合員の平均は二・〇六七箇月であり、非支部組合員の平均二・二五五箇月よりも低い査定をされている。
従って、右いずれの査定においても、支部組合員は非支部組合員に比べ低い査定を受けていたことになり、原告の参加人ニプロ支部に対する嫌悪感との係わりを強く疑わざるを得ないのである。
三 支部組合員と非支部組合員の労働の質量の均一性
1 右のようないわゆる大量観察法によって、賃金面における支部組合員と非支部組合員の間の格差が明らかとなるが、これが不当労働行為となると断ずるには、両者の労働の質量の均一性が前提条件となることは当然である。
そこで考えるのに、併存する二組合の組合員の労働の質量の間に均一性があるという経験則はもとより存しないが、本件のように、組合活動の方針に関する見解の差のみから別個の組合が結成されているような場合は、両組合の組合員の労働の質量に有意的な差異を推認できる特段の事情がないかぎり両組合には相応する勤務成績の者が概ね均斉して分布するとの推定は許されて然るべきであるから、二つの組合の組合員を全体として比較する場合に限り、その提供する労働の質量の均一性をとり立てて立証する必要まではないものというべきである。
そこで、支部組合員と非支部組合員の労働の質量の間に有意的な差異を推認しうる特段の事情が存在するか否かを検討する。
2 (証拠略)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告会社における賃金体系は、基本給(年齢による属人給)、職能給(職位、職階、勤続等による属人給)及び各種手当で構成されている。このうち基本給は、満年齢に応じて決定されるのを原則とするが、中途採用者については、採用時の満年齢や経歴等を勘案してその能力、熟練度等を推し量り、満年齢よりも低い年齢を定めて基本給決定の基準としていた(当事者らはこれを、「会社年齢」と称している。)。
また原告会社においては、昭和五〇年ころから、昇給及び賞与額決定の前提として、考課査定制度が導入された。
(二) 支部組合員及び非支部組合員の昭和五五年度の職能給額等の状況は、別紙(三)の表1ないし8のとおりであり、本件昇給査定対象期間における出勤率等の状況は、別紙(四)の表1ないし5のとおりである。
3 そこで右認定の事実に基づき、支部組合員と非支部組合員の労働の質量の差異を窺わしめる事情として原告が主張するところを検討してみる。
(一) まず原告は、役職者数、満年齢、勤続年数の数値と労働の質量の相関を主張する。
たしかに役職者数は、支部組合員より非支部組合員の方がはるかに多いが(別紙(三)の表6)、原告会社の参加人ニプロ支部に対する継続的な差別の意思が強く疑われる本件においては、支部組合員のありうべき昇進が阻まれていると考える余地が多分にあり、労働の質量に優れた者から役職者が選抜されるという経験則は直ちには働かないと言うべきである。
また年齢の差については、支部組合員に比べ非支部組合員の平均年齢が高いのは事実であるが、勤続年数の差は僅かであるうえ(別紙(三)の表7)、年齢に比して勤続年数の少ない従業員の年齢は会社年齢として低く抑えられているのであるから、年齢の差のみで労働の質量を推し量るのは無理である。なお支部組合員と非支部組合員の勤続年数の差は一・三六年弱にすぎないので、これが労働の質量に有意的な差異をもたらすとは考えられない。
(二) 次に原告は、年次有給休暇の取得回数及び欠勤率と労働の質量との相関関係を主張する。
前認定のとおり、有給休暇の取得日数は支部組合員の方が僅かながら非支部組合員よりも多いが(別紙(三)の表3)、有給休暇の制度趣旨からして、これを捉えて労働の質量の差異の根拠とすることは許されないと考える。
また支部組合員の欠勤率は非支部組合員よりも高いが(別紙(三)の表4)、参加人ニプロ支部と原告の間の不当労働行為事件の調査、審問及びあっせんの回数(別紙(三)の表5)から推すと、支部組合員が組合活動のために欠勤を余儀なくされたとの事情も十分推認できるので、この点の原告の主張は失当として排斥するのが相当である。
(三) 続いて原告は、セット課Cコイル巻工程の個人別集計に基づいて労働の質量を推知すべきことを主張する。
たしかに右集計結果によれば、出勤率、良品率、生産数、良品数及び査定点数のいずれにおいても、非支部組合員のほうが支部組合員よりも秀れている(別紙(三)(ママ)の表9)。しかしながらこの集計は、原告会社の従業員約五五〇名中、わずか一七名の女性に係るものであり、集計期間も五箇月と限られているのであるから、これをもって支部組合員と非支部組合員全体の労働の質量を推し量ることは余りにも短絡的と言わねばならない。
(四) なお原告は職能給の差と労働の質量の差異との相関係(ママ)も主張する。
昭和五五年度の支部組合員と非支部組合員との職能給の差は、別紙(三)の表1のとおり二九五〇円に及ぶ。しかしながら、同表の非支部組合員には二万〇六〇〇円以上の者が一九名含まれているが、その多くは役職者と思われるところ、役職手当の如きは勤務成績を直接には反映しないから、右金額の多寡から直ちに両組合員の労働の質量の差異を論ずることは相当でない(なお、本件のように労使が厳しく対立する事業所では、労働の質量に優れた者から役職者が選抜されるという経験則は修正して考えられるべきことは前示のとおりである。)。
また、訴外ニプロ医工労組が結成される前の昭和五五年度夏季一時金の考課査定点数をみると、別紙(三)の表2のとおり非支部組合員に含まれる者の点数が全体的に高いと言える。しかし、右査定は昭和五四年一一月から翌五五年五月までの限られた期間に係わるものであるばかりでなく、それ以前の勤務成績が考課の対象となる昭和五四年度の夏季及び年末各一時金における考課点数は明らかにされていないから、結局考課点数の良い者のみが訴外ニプロ医工労組を結成したとまでの推認をすることはできない。
(五) 最後に原告は、出勤率と考課査定点数等との相関を主張する。
たしかに別紙(四)の表1ないし5によると、支部組合員よりも非支部組合員の方が、高い出勤率を示し残業時間も多く、欠席(ママ)日数、有給休暇取得日数、遅刻・早退・私用外出回数は少ない。しかしながら、ストライキ、組合活動、産休等を除いた出勤率を比較するとその差は〇・三パーセントと極めて微々たるものとなるうえ、参加人ニプロ支部と原告の間の不当労働行為事件の調査、審問及びあっせんの回数(別紙(四)の表6)などを併せ考えると、支部組合員が組合活動のために欠勤、遅刻、早退、私用外出を余儀なくされた事情も想像に難くないので、右各表における両組合員の数値差がそのまま労働の質量の差を示すものと考えることは妥当と思われない。
そうすると、原告主張のいずれの点から検討しても、支部組合員と非支部組合員の労働の質量の間に有意的な差異があることを推認するに足りる特段の事情は認められないし、他にこれを窺わせるに足りる証拠はない。
従って、両組合の組合員の労働の質量は、これを全体として捉える限度では均一性を認めて差支えないと考える。
四 小結
以上一ないし三を総合すると、原告は支部組合員を、参加人ニプロ支部に加入し又はその組合活動に参加したことの故に本件昇給、夏季一時金、年末一時金の査定において不利益な取扱いをしたものと言わねばならず、しかもこの差別によって支部組合員を動揺、混乱させて参加人ニプロ支部の弱体化を図ったとの評価も免れない。よって原告につき、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為の存在を肯認することができる。
第三本件命令の適否
そこで本件命令の適否について考えるに、救済命令の内容は、不当労働行為によって生じた不適正な状態を修復する目的の範囲内において、労働委員会の自由裁量に委ねられているものと解される。
そこで本件命令について見るに、前叙のとおり原告について従前からの差別的取扱いが疑われる状況下、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為の存在が肯認される以上、被告労働委員会が、原告に対し<1>本件昇給、夏季一時金、年末一時金につき、支部組合員の考課査定率を非支部組合員のそれにまで引上げるように再査定しこれによって計算した金額と支払済金額との差額を支払うように命じ、<2>弱体化した参加人ニプロ支部の団結を回復するため、不当労働行為を陳謝し今後これを行わない旨の誓約文を掲示させて従業員に周知させ(ポストノーティス)、かつ、<3>将来にわたって支部組合員を差別的に取扱わず参加人ニプロ支部の運営に支配介入しないように命じるのでなければ救済の目的を達成できないと判断したことには、相当の理由があると言うべきである。
してみると被告の発した本件命令の主文内容は、いずれも相当であって労働委員会の裁量権を逸脱したものではなく、他に本件命令を違法とすべき事由はない。
第四結論
以上の次第であって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 春日民雄 裁判官 高橋祥子 裁判官 小木曽良忠)
別紙(一)
本件命令主文
1 原告は、支部組合員に対し、原告館林工場の非支部組合員(管理職を除く。)と、賃金、一時金を差別することによって、ニプロ支部の組織運営に支配介入してはならない。
2 原告は、支部組合員に係る昭和五八年度賃金引上げのうち、職能給の査定分の考課査定の平均が、原告館林工場の非支部組合員(管理職を除く。)の平均と等しくなるよう再査定を行い、支部組合員の職能給額を是正しなければならない。
3 原告は、支部の組合員に対して、前項に命ずる是正をなしたうえ、支部組合員の昭和五八年夏季一時金及び同年年末一時金の平均支給月数が、原告館林工場の非支部組合員(管理職を除く。)の平均と等しくなるよう再査定を行い、支部組合員の各一時金の支給額を是正しなければならない。
4 原告は、前二項に命ずる再査定を行うに際しては、支部組合員の従来の査定を不利に変更してはならない。
5 原告は、前三項に命ずる是正の結果、支部組合員が得るべき賃金、一時金の額と既に支払われた額との差額を同人らに速やかに支払わなければならない。また、是正結果及び差額内容の明細をニプロ支部に通知しなければならない。
6 前項に命ずる救済の対象者は、本件審問終結時に支部組合員であった者に限る。
7 原告は、命令書交付の日から七日以内に、縦一メートル、横一・五メートルの白色木板に下記のとおり楷書で墨書し、原告館林工場の食堂内の従業員の見易い場所に一〇日間掲示しなければならない。
記
会社が、貴支部組合員を、昭和五八年度の職能給の昇給、夏季一時金及び年末一時金の考課査定において、会社館林工場のゼンセン同盟全ニッショー労働組合連合会ニプロ医工労働組合の組合員及び非組合員(管理職を除く。)と差別したことは、不当労働行為であると群馬県地方労働委員会により認定されました。よって、貴支部組合員の考課査定について速やかに是正措置を講ずるとともに、今後かかる差別的行為はくり返さないよう十分留意いたします。
昭和 年 月 日
合化労連化学一般関東地方本部
執行委員長 林恭護殿
合化労連化学一般関東地方本部
ニッショー・ニプロ支部
執行委員長 西谷義信殿
ニプロ医工株式会社
代表取締役 佐野実
(注・・年月日は文書掲示の初日とする。)
8 原告は、第2項ないし第7項までに命ずるところを履行したときは、その都度遅滞なく被告に文書で報告しなければならない。
別紙(二)
表1 昭和58年度の昇給状況
<省略>
表2 昭和58年度夏季一時金の支給状況
<省略>
表3 昭和58年年末一時金の支給状況
<省略>
表4 昭和55年から同58年の支部組合員の各一時金の平均査定点数の推移
<省略>
表5 支部組合員の分布状況
<省略>
別紙(三)
表1 昭和55年度(昇給後)職能給額
<省略>
表2 昭和55年夏季一時金考課査定点数
<省略>
表3 有給休暇取得日数
<省略>
表4 欠勤率
<省略>
表5 原告と参加人ニプロ支部との間の不当労働行為事件の調査、審問及びあっせんの状況
<省略>
表6 役職者数
<省略>
表7 平均年齢及び勤続年数
<省略>
別紙(四)
表1 出勤率
<省略>
表2 欠勤日数
<省略>
表3 有給休暇取得日数
<省略>
表4 遅刻・早退・私用外出回数
<省略>
表5 残業時間
<省略>
表6 原告と参加人ニプロ支部との間の被告で行った不当労働行為事件の調査及び審問の状況
<省略>
表8 満年齢と会社年齢が相違する従業員の状況
<省略>
表9 セット課Cコイル巻工程個人別実績集計結果
<省略>